髙木健二郎さんのSTORY “いま”動く。「巻き戻せない人生」を後悔しないために

1センチだけ残った食道
抗がん剤治療を受けた後、5月の中旬に手術しました。食道を1センチくらい残してすべて取り除き、胃の上部も切除して、残った胃を筒状にします。胃が新しく食べ物の通り道になるわけです。
しかし、食べ物はすんなりと落ちていきません。接合部分は「狭窄」といって、飲み込んだものが詰まることもよくあります。詰まったものは、結局吐き出さないといけない。無理に飲み込もうとすると、誤嚥して肺に入ってしまいます。
食道の入り口がペタッとくっついているような感覚があって、水すら満足に飲めません。潰して平らにしたストローを喉の奥に突っ込んで、開こうとしたこともありました。むせてしまってできませんでしたが。
狭窄を治すために、食道の入り口を広げるバルーン手術を何度か受けて、だんだん食べ物が通るようになりました。食べられるようになるまでにかかった期間は半年。その間は「腸ろう」といって、腸に管を通して栄養剤を直接注入します。体重は13キロ減りました。
現在は、術前の9割程度の量を通常のスピードで食べられるようになっています。ただ、逆流には気をつけなければいけません。胃には、食べ物が出てこないように蓋の役割をする部位がありますが、私はこれを切除されています。横になると食べたものが出てきてしまい、逆流性食道炎や誤嚥のリスクがある。寝る2、3時間前には夕食を済ませ、上体を斜めに起こして寝ています。
術後に声が出なくなったのも困りました。手術の影響で声帯を動かす反回神経が麻痺し、左側の声帯が開きっぱなしになってしまったんです。自分の名前を言うだけでも、100メートルを走った直後のように、息が上がります。反回神経の麻痺は、食道がんの手術ではよくあるそうで、リハビリで回復する人もいますが、私は治る見込みがなく、がんの手術から半年後に声帯の手術を受けました。
酒は、病気になってから一滴も飲んでいません。食道がんから回復した後に飲酒を再開する人は多いと聞きます。でも、ちょっとでも飲んで、数年後に再発したら、「飲まなきゃ良かった」と絶対に後悔する。
それに、自らリスクのある行動をとるのは、せっかく命を助けてくれた医療者を冒涜することになります。タバコを吸ってしまったとき、顔を真っ赤にして叱ってくれた主治医を裏切るようなことはしたくない。リスクから遠ざかる努力をするのが、患者の務めだと思います。