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谷田孝子さんのSTORY 10年後の卒業証書。病気を通して知った、過去の自分、本当の自分

生活のすべてに「がん」が入り込む

手術後は、左腕が上がりづらくて洗濯物を干すのが大変でした。それに、抗がん剤の影響で手足がしびれてお皿を割ったり、味覚異常で子供に料理の味見をしてもらったり。
精神的にいちばん辛かったのは、髪の毛が抜けるときです。抗がん剤治療を始めると、数日後には副作用が始まります。もうすぐ長女の小学校卒業式、それに中学校入学式。親がカツラだったら嫌だろうと思って、先生に入学式が終わるまで治療を延ばせないかって相談したけれど、駄目でした。「せめて卒業式は」と頼んで、卒業式の直後から治療を始めました。
映画やドラマで、がん患者の人が髪の毛がごそっと抜けちゃうシーンがありますよね。あれが嫌で、抗がん剤治療の前に短くする人もいると聞いて、私も五分刈りにしました。それでも、お風呂で抜けていくんです。細かな髪の毛が排水口に流れていくのを見て、もう、声にならない声で泣いて。
しばらくはウィッグを着けていましたが、髪が生え揃わないうちにやめちゃいました。いちいち「ズレないか」とか「周りにバレないか」と気にすることが辛くなったんです。それに、周囲に私は平気だって思われたかった。
でも、その髪型で知人に会ったとき、「髪の毛どうしたの?」って聞かれて、病気のことを伝えたら黙っちゃいました。急に言われて、どうリアクションしていいのかわからなかったんだと思います。私としては、「全然気にしていない。平気だよ」って伝えたかったのに。
その後も何人かに同じような反応をされて、だんだんと人に会うのが面倒くさくなってしまいました。自分では「引きこもり」というほどではなかったと思うけれど、周囲からはそう見られていたかもしれません。

保険会社で働いていた頃、後輩に「お客様の状況を想像して」って指導していました。でも、実際に自分ががんになってみると、全然わかっていませんでした。
私が学んでいたのは、本や映像として記録されたものです。病気の部分だけが切り取られていて、そこにはリアルな生活がありません。がんになるということは、起きてから寝るまで、いや寝ている間も、自分だけじゃなくて家族の時間にも、その空気感、雰囲気すべてに、がんが存在するということなんです。

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