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野中美紀さんのSTORY もしも娘が自分と同じ病気になったら。「いのちを優先した選択」のできる文化をつくる

「未来に君がいることが重要だから」

遺伝学的検査の結果を乳腺科の先生に伝えると、がんの検査を半年後に前倒しすることになりました。そのときにはもうがんが乳房全体に広がっていましたが、浸潤はしていなくてゼロ期。姉が娘にぶつかられてがんの発見につながったこともそうですが、広がる速さを考えると、半年前倒しになったことはすごく運が良かったと思っています。
自分ががんに罹ったこと自体には、それほどショックを受けませんでした。当時、HBOCの人は60~90%の人が乳がんを発症するというアメリカのデータがありました。症候群の検査をしていない人も含めれば、実際はもっと多いはずです。陽性の結果が出てから半年かけて、ある程度覚悟ができていたんですね。それに、仕事を通してがんについて勉強しているので、がんはそれほど恐れるものではないという認識もありました。
がんであることよりも、見た目の変化が怖かった。「髪が抜けるのは嫌だから、抗がん剤治療はしたくないな」「胸はなるべく残したいな。せめて、乳頭、乳輪を残せないかな」といったことばかり考えていました。生きることよりも、女らしさのようなものを優先的に考えてしまうんですね。再発のリスクを下げるためには全摘出がいいし、抗がん剤治療を受けたほうがいい。それは確かなことだけれど、ほかに方法があるのではないかと考えるんです。
姉が最初にがんになったとき、「しっかり者の姉がこんなに落ち込むのか」と感じていましたが、自分も同じ病気になってみると、姉のほうが冷静に病気と向き合っていたんだと感じました。姉は乳房の再建手術もしていません。「リスクがあるなら全部取っちゃう」というように、判断が早かったんです。
私はいまでも100%病気を受け入れているとは言えませんが、捉え方が変わったきっかけは、パートナーの言葉です。「髪の毛が」「胸が」と悩んでいたときに、「未来に君がいることが重要だから」と言ってくれた。「そのために君がする選択は生きること選択からブレないで」と。そこで1つスイッチが変わりました。悩むにしても喜ぶにしても、命あってこそです。何より、家族やパートナーに大切な人を失くす思いをさせたくない。そうして生きることを優先しようと考えられるようになりました。

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