千田律仁さんのSTORY 「もう一度だけ、チャンスをください」大切なことに気付いた“人生のやり直し”

「がんになったのが自分でよかった」
病院から電話を受けた翌日、「もしかしたら」「いや、悪く考えすぎないように」と、どちらとも言えない気持ちで病院に行きました。待合室に妻を待たせ、診察室には一人で入りました。
先生は開口一番、「心を強くして、いまからする話を聞いてください」とおっしゃいました。組織検査の結果は、胃がん。「状況はあまり良くない」と告げられました。
それから5分間くらいの記憶は、ほとんど残っていません。当時、私は36歳です。予感があっても、「がんです」と言われてすぐには受け入れられませんでした。「これって夢?」と頬をつねると、やっぱり痛い。これからやりたいことが山ほどあります。結婚してまだ10年も経っていない頃で、子どもを作ろうという話もしていました。「なんで自分が」と考えずにはいられませんでした。
ふと我に返って、待合室に妻を待たせていることに気付きました。呼びにいくと、私の表情から何かを察した様子で、震えていました。なんと声をかけていいかわからず、手で合図だけして部屋に入ってもらいました。先生がもう一度説明してくださっているとき、隣に座る妻を見ると、目にいっぱい涙を溜めて先生の話を聞いています。
そのとき、思いました。「ああ、がんになったのが自分でよかった」と。もし妻が病気だったら、と想像しただけでも耐えられませんでした。でも、自分であれば、なんとか乗り越えられるのではないかと感じたんです。
病院で告知を受けた瞬間、これまでの人生が頭をよぎりました。いわゆる走馬灯です。ほんの1、2秒ですが、生まれてからいままでの出来事をじっくり見返すような、不思議な体験でした。
私はそれまで、親や親戚にたくさんの愛情をいただいてかわいがってもらい、仕事でも多くの方に支えていただきました。それなのにまだ何の恩返しもできていません。
当時私は保険会社に勤めていて、朝から晩まで、毎日仕事に追われていました。家に帰っても、頭の中は仕事でいっぱいです。妻に話しかけられても、返事もろくにしていなかったと思います。本当は妻も話したいことがいっぱいあったと思いますが、そんな心の余裕もなく、完全に自分のことだけしか考えていませんでした。