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Mine MurayamaさんのSTORY 「泣いてどん底」から「笑顔で感謝」へ。私が愛と笑いを届けられるようになるまで

誰に何と伝えればいいのかわからない

検査結果は、ひとりで聞きに行きました。診断は、口腔底がん・舌がん。病気がはっきりしたことで、むしろ気持ちが少し落ち着きました。でも、これからどうしたらいいのか、誰に何と伝えればいいのか、何もわかりません。呆然として、病院の近くにあるスーパーの駐車場に車を停めました。
当時の私はパニック状態で、がんについて誤った悪いことしか頭に浮かびませんでした。髪が抜けて、3カ月で死んでしまう。人生の“負け組”だなんて思っていたんです。もちろん、そんなわけはないのに。
病気のことは、なるべく誰にも知られたくないと思い、車の中から会社や習い事、会う約束をしていた友達に電話をかけました。「理由は言えませんが、今日で辞めます」「ごめん、行けなくなった」って。すごく無責任ですよね。本当に自分のことだけで精一杯でした。「告知を受けたことがないあなたたちには、私の気持ちなんてわからないわよ」と。
ただ、家族に話さないわけにはいきません。娘には電話で伝えて、息子には家に帰って玄関で話をしました。「ママ、やっぱりがんだった。ごめんね」と言うと、息子はしばらく立ち尽くし、急に「うわーっ」と泣き出しました。私もつられて、二人で大泣きです。
その日から、新聞もテレビも見られなくなりました。未来の話に触れるのがつらかったんです。世の中から自分だけが取り残されていく。世界でいちばん不幸な、悲劇のヒロインになった気分でした。
がんの原因を調べてみると、お酒やタバコと書いてあります。でも、私は飲酒も喫煙もしません。運動不足や肥満も当てはまらない。ストレスが原因になることもあるみたいだけれど、私より大変な人はもっとたくさんいるはずです。探しても納得できる原因が見つからないから、「罰が当たったんだ」って思いました。当時47歳で、子育てが一段落したところでした。
自分の両親に話したら、きっとすごくショックを受けて心配するだろうから、話さないと決めました。そのぶん、娘と息子に甘えていたと思います。娘に、あるとき「いい加減にして」って怒られました。「ウジウジ悩んで、赤ちゃん返りしてるよ。私たちばかりに寄りかかり過ぎないで、もっと周りにも話して」。子どもに活を入れられて、ようやく自分の両親や周囲の一部の人たちに病気のことを話すようになりました。

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