Mine MurayamaさんのSTORY 「泣いてどん底」から「笑顔で感謝」へ。私が愛と笑いを届けられるようになるまで
身体がちょっと動いたら、心もちょっと動いた
がんになったのは、罰が当たったから。そう思い込んで、自分の悪いところを全部改めなくちゃ、と考えていました。何事も悪く思わず、聖人君子のような人になろうとしたんです。
周囲から見ても、無理をしていたんだと思います。あるとき、顔なじみになった看護師さんが、私の膝をぽんぽんと叩きながら言ってくれました。「あんまり真面目にやると、心がポキンと折れちゃうよ。適当でいいのよ」。私は、昔から思い込んだら一直線で、周りが見えなくなるところがあります。看護師さんのおかげさまで、肩の力が抜けた感じがしました。
私のがんは“希少がん”で、回りに同じがん種の人はいませんでした。同じ疾患の患者団体も、まだなかったと思います。病気を口にするのがタブーのような空気もあって、つらい気持ちや悩みを話せる相手がいなくて、孤独を感じていました。
そこで、同じ病気で元気に生きている人に会うことをひとつの目標にしました。がんサバイバーの方に会うたびに、私の考えは間違っていたと気づかされます。みんなキラキラとしていて、素敵な方ばかり。がんになったのは、罰が当たったからではない。負け組なんてとんでもない。前言は“大撤回”です。
さらに、前向きになれる出会いがありました。退院後に病院内を歩いていると、「がん患者さんのためのフィットネス」のチラシを見かけたんです。私はインストラクターとして働いていたけれど、がんになってもう二度と運動はできないと思い込んでいました。走ったり飛び跳ねたりすれば、がんが飛び散るような気がして、そろりそろりと歩いていたほどです。
だから、フィットネスも「自分にはもう関係ない」と思っていました。でも、なぜかチラシが目に入ってくる。だんだんと気になってきて、教室を覗いてみました。すると、みんなとても楽しそうに体を動かしています。はじめは受け入れられなかったけれど、誘ってくれる人がいたこともあって、もう一度行ってみました。
明るいがんサバイバーのインストラクターに「右手を上げて」と言われて、右手を上げる。身体を動かすことに集中しているときは、一瞬、がんのことを忘れられます。「口角を上げて、お口を開けましょう」と言われて、気づけば「あはは」と笑っていました。
「私にも動かせるところがある。みんなで笑うのはやっぱり楽しいな。サバイバーだからこそ、できることもあるんだ!」って思ったんです。カラダがちょっと動いたら、ココロもちょっと動いた。がん患者さんのためのインストラクターを私もやってみたい。そう考えて、講座を受けるために東京へ通うことも目標のひとつになりました。