Mine MurayamaさんのSTORY 「泣いてどん底」から「笑顔で感謝」へ。私が愛と笑いを届けられるようになるまで
「ありがとうノート」に食べたいものを書く
入院中もなるべく前向きな気持ちでいるために、明るい色のパジャマやタオルを選んで、ご縁のあったパワーストーンブレスレットを買ったり、たくさんの神社仏閣手作りのお守りを袋にまとめたりしました。準備しているうちに、少しずつ普段の生活でも気分が軽くなっていきました。
そして、これまでにない感覚が生まれました。当たり前だった日常に心から感謝の気持ちが湧いてきたんです。なんでもない日々がどんなにありがたいものなのか、気づくことができた。道端に咲いている花や雨粒さえも、愛おしく感じるんです。
そうしたとき、たまたま可愛くて前向きになれそうなノートを見つけたので、「ありがとうノート」にしました。ありがたいと思ったことやお世話になった人の名前を書いていくノートです。
手術後、入院は2カ月くらいの予定でした。口の中を切除して、腹部皮弁移植をした部分がくっつくまでは、呼吸するだけでも痛くて、とても苦しい。もちろん、食べたり飲んだりもできません。
鼻から経腸栄養剤を摂るけれど、お腹は空きます。手術をした日の夜から、チョコレートや焼肉を食べる夢ばかり。気づけば、ありがとうノートには食べたいものばかり並んでいました。感謝の気持ちを書こうと思ったのに。
「まあ、それでもいいか」と、ノートの中には、退院したら叶えたいことも書いていきました。行きたいところ、会いたい人、買いたいもの――。「退院したら、このノートに書いたことを全部成し遂げよう」って考えると、気持ちが明るくなっていきました。
でも、もう少しで口から食事ができるという頃、まだがんが残っていると告げられたんです。「再手術です」と言われたときは、「えーっ! これ以上我慢できない!」って、子どもみたいにわんわん泣きました。泣くだけならまだよかったけれど、そのまま気を失ってしまって、気づいたときにはベッドの上です。たくさんの看護師さんたちに呼びかけられて意識が戻りました。
先生に「なんで1回でがんを全部取ってくれなかったんですか」と聞くと、「顔の形状を残してあげたくて」と言われました。大きく切ると、顔の形が変わってしまうんですね。そこまで考えてくれていたなんて、全然わかっていなかった。もう、余計なことは言いません。先生にはとても感謝しています。