人見伊都子さんのSTORY 病気になったからこそ出会えた私。2度のがんを越えて、輝くランウェイへ。
頼もしく支えてくれた息子
炎症性乳がんは進行が速く、最初の受診から診断結果の告知まで1カ月弱でしたが、その間にも一気に悪化してしまったようです。CT検査を受けると、すでに鎖骨や胸骨、肋間など全身のリンパ節に転移していました。炎症性乳がんは、見つかった時点でステージⅢと診断されます。もう少しでも発見が遅れていれば、もっと大変なことになっていたと思います。
抗がん剤治療が始まる前に、やっと息子に病気のことを伝えました。治療が始まると思うように動けなくなるので、離れていてもやり取りの中で異変に気づくのではないかと思ったんです。
心配をかけないように、「初期のがんだ」と嘘をつきました。それでも顔が見えないぶん、すごく不安だったのだと思います。後になって聞いてみると、2週間で体重が2キロほど落ちたそうです。
抗がん剤治療では、副作用で気分が悪くなって、食べることも動くこともできない日が3日続いたこともあります。そうして過ごしていた年のお正月に、息子がアメリカから一時帰国してきました。空港に迎えに行くと、息子は第一声、笑いながら「全然痩せてねーじゃん」と言いました。治療で痩せこけている姿を想像していたんでしょう。実際には薬の影響でむくんでいたので、以前よりもふっくらして見えたようです。
息子の帰省中には、すごく支えてもらいました。洗濯、料理、買い物までこなしてくれて、「1人だと危ないから」と外出にも付き添ってくれたんです。調子が悪くて寝込んでしまう私の姿も見ていましたが、数日たつとほぼ普段通りに生活できていることがわかって、安心した様子でアメリカに帰っていきました。