寺山雅代さんのSTORY もう一度、自分の声で。言い訳しない、嘘をつかない、我慢をしない私で生きる。
「突然の余命宣告」
診断の結果は、舌がんの再発でした。すぐにがんセンターを紹介してもらい、検査の次の日に受診できました。がんセンターの先生は、パッと口の中を確認して、「リンパにも転移していますね」と。
手術をしなかったら、もって半年。手術したらこれまでのように話せなくなるし、食べられなくなる。手術をした後に、放射線と抗がん剤治療が必要。そう知らされて、何も考えられなくなりました。
手術を待つ間に、痛みは尋常じゃないくらいに強くなって、ごはんも食べられなくなりました。いまはこうやって冷静に話せますが、当時はものすごく不安でした。
ただ同時に、「生きたい」と強く思いました。話せなくなっても、食べられなくなってもいい。とにかく、これからもこの身体で生きていきたいと感じたんです。
がんセンターの受診が2021年2月1日。手術は2月25日に決まりました。上の子は高校の卒業式、下の子は小学校の卒業式と中学校の入学式を控えた時期です。手術後の入院期間を考えると、どれも出席できません。写真を撮ってあげることもできない。
私の表情を見た主治医は、「これから先、たくさんの節目があるから。その節目に生きられるようにしよう!」と言ってくれました。それを聞いて、たしかにそうだなって思えたんです。
自分が動けなくなる前に、娘たちが安心して暮らせるようにしておかないといけない。すぐに下の子の学校へ連絡して、中学入学後に必要な書類を準備することができました。先生は「娘さんのお友達のお母さんに頼んで写真を撮りますから、安心してください」と言ってくださいました。
娘たちには、「手術しなかったら、もって半年! お母さんは生きたいから手術するね!」と話しました。2人は取り乱すこともなく、「お母さんがいない間は、身の回りのことは自分たちでやるから」と言ってくれました。
とはいえ、心配は消えません。離婚した際にお世話になった市役所の相談員さんに相談してみると、「前例はないけど、動いてみるね」と言ってくださいました。ありがたいことに、実際に娘たちをサポートしてくださることになったんです。
舌がんと頸部リンパ節の手術で、合計12時間。過去に出産の経験はありましたが、そんなレベルではありません。目が覚めた瞬間、「重力ってこんなにも重かったんだ」って感じたんです。同時に、それまで真っ暗だった世界が、一気に明るくなったような感覚でした。
手術のあとは、ICUに5日間入っていました。一般病棟に移ってからも、自力で起き上がることができません。もう、とにかく痛くて。手術から2週間くらい経って、看護師さんから「やっと表情が出てきたね」と言われて、ハッとしました。「自分ではわからなかったけど、表情までなくなってしまってたんだ!」って。