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久田邦博さんのSTORY 「死ぬまで」が僕の人生。やりたいようにやっていく。

夢への途中で受けた告知

僕は30歳くらいのときに、自らダメ社員になったことがあります。薬の営業を担当していた当時、配属されていた支店の支店長が定年退職して、普通の人に切り替わったことがきっかけでした。
頑張って支店長まで上り詰めたのに、責任のある仕事からは切り離され、リスペクトもされない。誰もが定年を境に「おじいさん」になってしまう仕事。だったら頑張るなんてバカらしい。それからは手を抜き、「17時から社員」になりました。17時から遊びをがんばるサラリーマンです。
そうして半年くらい経ったとき、あるビジネス書にあった「会社や組織を動かす立場になっていくことが出世」という言葉が心に響きました。組織を率いて、人材を育成し、企業を変えていこうと決めました。
この日を境に、出世のための逆算が始まりました。勤めていた企業はオーナー社長が率いていましたが、副社長になら僕にでも可能性がある。そのために何歳で役員になるのか、何歳で支店長になるのかを決めました。そうして一直線に仕事に向かっていました。夢への道のりを順調に進み、36歳で課長職の昇進試験に合格。慢性骨髄性白血病の告知を受けたのは課長職昇進の翌年のことです。
浜松から横浜に転勤し、血圧の薬をもらおうと、引っ越し先の近くの病院に行きました。そこで、血液検査を行うと、白血球の数値が2万8000を超えていました。一般的には5000~6000。高くても1万を超えることはまずありません。
大きな病院を受診するために、すぐに紹介状を書いてもらいました。若い医師が紹介状を渡しながら、「久田さん、絶対に詳しく診てもらってくださいね。絶対ですよ」と、真剣に僕を見つめました。僕は医療系の仕事に携わり、薬剤師の資格ももっています。ただごとではないと理解しました。

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