ゆりきゃんさんのSTORY がんを主役にするのはもうおしまい。「私」を主語に生きるために
髪の毛が抜けることを受け入れられない
当時、息子は6歳で、娘はもうすぐ4歳になるところでした。3人目も欲しかったけれど、まずは命が優先です。夫も「悪いものは早く取った方がいい」と全摘手術を前向きに捉えていました。
手術をしたのは、娘の4歳の誕生日でした。息子の小学校進学準備のために手術を早めてもらったら、ちょうど重なってしまったんです。子供たちは夫の実家に預け、娘の誕生日は義両親に祝ってもらいました。
左胸の全摘出と同時に、胸の再建手術も行う予定でした。ところが、手術後に目覚めたとき、自分の胸を見てびっくりしました。再建されているはずの左胸がなかったんです。手術の結果、リンパへの転移が5カ所以上見つかり、再建手術はできなかったと聞かされました。
まさかの”転移”。そうなると、抗がん剤の可能性も出てきます。このときが一番ショックだったかもしれません。抗がん剤が必要かどうか、病理検査の結果次第で決まると言われ、とにかくしなくてもいいようにと願いました。
1カ月後の病理検査の結果は、夫と一緒に聞きに行きました。結局、抗がん剤治療は必要。でも、私はどうしても抗がん剤が嫌でした。薬で気持ち悪くなったり、吐いたりするのはそれほど気にならないけれど、髪の毛が抜けるのが受け入れられなかったんです。
私が高校生の頃、ギャルファッションが流行っていて、ウィッグをファッションとして楽しんでいました。だから、私は他人がウィッグかどうかすぐに見分けがつきます。私も周囲の人にウィッグだと知られてしまうんじゃないかという不安な気持ちになりました。
「髪の抜けない薬はないか」と先生に聞きましたが、私の場合はありませんでした。先生曰く、患者さんの多くは、最初はそうやって嫌がっても、家で考えて、結局は治療を受ける決意をするそうです。結局、私も同じでした。
治療が決まった時、一緒にギャル時代を過ごした友人に病気を打ち明けました。家族以外に病気のことを話したのは、彼女が初めてでした。電話で言われたのは、「誤診じゃないの?」という言葉。まさに「類は友を呼ぶ」ですね。
髪が抜け始める前に、彼女とウィッグサロンに行きました。私が黒や茶色のウィッグを手に取っていると、彼女が勧めてくれたのは金髪でした。「明るいほうが少し傷んで見えて、かえって自然かもよ。前、そんな髪型してたよね(笑)」。そう言われて、いくつも試しながら、最終的にいちばん明るい金色と、茶色の二種類を選びました。