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ゆりきゃんさんのSTORY がんを主役にするのはもうおしまい。「私」を主語に生きるために

「がん」は私の人生の主役ではない

がん罹患後の活動は、当時の私にとって大切な時間でした。脱毛している姿を「きれいだ」と言ってもらえることは、がんになった自分を受け入れるための支えでもありました。

時間が経つにつれて、「がんを経験した私」という枠の中で自分を見ていることに、少しずつ気づくようになったのです。いつの間にか「がん」が人生の中心に立っていたのかもしれません。手術や治療、副作用——それらすべてが、「私」の前提になっていました。

あるとき、がんを経験していない人に、手術や治療の話をしたことがあります。すると返ってきたのは、「生きるって奇跡だね」という言葉でした。それは、私の「辛さ」ではなく、「生きていることの喜び」そのものに向けられた言葉でした。当事者同士の共感とは違う、そのまっすぐな反応に、心が揺さぶられたのです。

私は、がんは「学校」のようなものだと思っています。病気になると、学校に入学するように、新しいことを学び、同じような経験を持つ仲間ができます。でも、治療が終わればいつか社会復帰し、通常の生活に戻っていく。

治療を同じ時期に経験した人たちは、私にとって「同窓生」のような存在でした。久しぶりに会えば自然と笑顔になり、伸びた髪を見せ合っては、「よかったね」と言い合える。あの時間を一緒に過ごしたというだけで、どこか特別なつながりがあるのです。

当事者同士のコミュニティは、とても繊細な場所でもあります。症状やステージ、治療法は一人ひとり違い、抱えている想いもそれぞれに深い。そしてその想いは、時間とともに変化していきます。再発を経験する人もいれば、旅立つ人もいる。その現実の重みは、いつもすぐそばにあります。

手術や治療から時間が経つにつれ、私は自分に問いかけました。「これからも、がんを主語に生きていくのだろうか」と。そして気づいたのです。がんは私の人生の一部ではあるけれど、主役ではない、と。